2004年10月27日(水)中日新聞朝刊の切り抜き
自衛隊 第四部 「軍」を語る 5
日本は「14歳」今が岐路

 
 別に自衛隊に興味があった訳ではないんです。興味ゼロでした。
スペクタクル映画が好きなんですよ。
それを日本でやるには、舞台は自衛隊かと。
警察では短銃パチパチですが、自衛隊ならミサイルをドカンですから。



福井氏は、自衛隊を舞台にしたベストセラー小説を書き続けてきた。
自衛隊への第一歩は”軽い”ものだったが…。




調べていくうちに、スペクタクルの舞台として、これほど使えない場はないと気付いた。
出動できない。制約が多くて。
と同時に、自衛隊には大砲とか装備一つ習熟して終わる人生もあるんだと気付いたんです。
スペシャリストを育て、引き継ぐのは、すごい労力。そういう労力を使って
戦争の準備をする人間の性質とは?そうせざるをえない国際情勢とは?
そう考えていくと、自衛隊がいびつな状況に押し込まれていること自体がドラマになると。




「亡国のイージス」はこれまで六十万部が売れた。
防衛庁・自衛隊の協力で映画化も進んでいる。
自衛官らは「隊の空気が描かれている」と称賛する。




エリートが主人公ではないからでしょう。
自衛官をやめたら、明日からどうやって食べていくか分からない人たち。
人生を選べない人たちです。社会は、そういう人が九割ではないでしょうか。
 自分も、そういうタイプです。食いつなぐために北海道に何ヶ月も建設工事に行った。
そこで「ああそうか、この橋を造ることで終わる人生もあるな」
「人生って、個人の中でどう割り切りをつけて収めていくもんだろう?」との思いも持った。
 だから、自衛隊でも「兵器を扱って終わる人生って、何だろう」と。
自衛隊を書くにも、そういう目線で見たいし、
そうさせる組織というものを書かなくてはと思うのです。




「兵の心」にこだわる福井氏は最近「戦争における『人殺し』の
心理学」という元米陸軍士官学校教授の著書を読んだという。
第二次大戦までは、米兵の八割強は小銃で発砲すらして
なかったのが、ベトナム戦争では逆に九割の兵が撃つようになった。
標的を丸型から人型に変え、「人が撃つ」抵抗感を訓練で薄めた
成果だ――と同書は指摘する。自衛隊も人型の標的を導入した。




人間は同類を殺すことに抵抗感があって、この抵抗感で何万年も生きてきた。
ところが、ちょっと違う訓練さえすれば、殺せるようになるんですね。
 兵隊は「撃て」と言われれば、撃つのが任務。
それは、われわれが彼らに迫ることであり、
われわれが迫られる問いなんです。自衛隊と言うのは、われわれの姿です。




福井氏の小説では、日米関係のきしみが通奏低音のように
鳴り続けている。氏の出世作「Twelve Y.O.」は、GHQのマッカーサー
総司令官が日本の成熟度を評した言葉
「十二歳の少年のようだ」からとった。




今は、十四歳くらいでしょうか。思春期。敗戦後、
「これからはあれ(米国)がお父さん、言うことをよく聞いてな」でずっと来た訳です。
それが最近は「どうも暴力おやじかも」と、いろいろ考え始めた。
でも、「どうする?家を出て一人でやってみる?」と言われると…
小泉政権は「残る」と答えて、
イラクに自衛隊を派遣した。イラク戦争は非です。
ですが、やはり、イラクという産油国を米国が押さえて、じゃ日本は石油をどうするのか?
そうした問題を一つ一つ、現実的にどう対処するのか、思考を停止させずに考えていく。
大人になれるかどうかは、ここにかかっているんではないでしょうか。

(聞き手、社会部・星浩)

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